これを書き始めた今、戦争はまだ終わっていない。停戦交渉は試みられているらしいけれど、首謀者は「時期尚早」と言っている。この男は、自国民を含めて、まだまだひと殺しを続けるつもりでいるらしい。
こんな独裁者をのさばらせておく専制国家なんて、二十世紀前半までの遺物のはずなのに、そんな国はまだ他にもある。今は二〇二二年だというのに、もしかしたら、二十一世紀はまだ始まっていないのかもしれない。二十一世紀はいつ始まるのだろうか。
高名な政治学者は、この戦争がどんなふうに終わるのか見通しがつかない、と言っている。こんな無謀な侵略戦争が本当に起こるとは考えていなかった、とも言っている。私は前にも書いたことがあるけれど、政治学者や経済学者の言うことなんて、競馬の予想屋ほどにもあてにならない。
彼らは後付けで理屈をこねているだけではないのか。あるいは、彼らは頭が良すぎて、世の中をつかさどる連中がどれだけ愚かであるかということが分からないのかもしれない。専門家の言うことや、かっこいいキャッチフレーズを信用するな、という鉄則はここでも揺るがないみたいだ。
この戦争は、今から三十年くらい前に始まった世界の大動乱の帰結なのだ、という意見もあった。これには私も思い当たることがある。
世の中が、かりそめのぜいたくに思い上がって金の亡者になって、自己責任だのグローバル化だの、勝ち組負け組だのと、かっこいいキャッチフレーズに踊らされて大切なものを踏みにじって、たくさんのひとを苦しめて傷つけてきた。その当然の帰結としてこの戦争が始まった。
この意見に私は納得する。戦争に巻きこまれることもなく、こうして生きながらえてはいるけれど、私だってこの三十年間、ずいぶんと不愉快な思いを忍んで世の中を渡ってきたように思うからだ。
すべてはつながっているのかもしれない。もしそうならば、私が必死になって戦ってきた相手が、ついにその正体、あるいは目に余る醜態を現した。今の私にはそんな気持ちがある。
それにしても、この戦争で全てを失ってしまったひとたち。国を追われてしまったたくさんのひとたち。廃墟になってしまった町。もう私には正視することができないけれど、でも、あのひとたちは、何か気品のようなものを持ち合わせているように思えてならない。 あの国のひとたちはもともと美しいひとが多いけれど、苦難の歴史を乗り越えてきたその強さと優しさが、あの気品と美しさを生み出しているのだろうと私は想像する。それはきっと、あの国のひとたちにとって、意識するまでもない、ごく自然なことなのではないかと私は思う。
十一年前、大地震と大津波を経験した日本人が、暴動も略奪も起こさずに整然と行動したことを、世界中のひとびとが称賛した。それを私は思い出したけれど、それは日本人にとって当然のことだった。あの国のひとたちも、そんなふうに世界中から称賛されるのだろうと私は思う。早く戦争が終わってほしい。
こんなことしか書けない私を許してほしい。誠実に生きること。ひたむきに生きること。強く優しく生きること。あのひとたちがそれを教えてくれる。早く戦争が終わってほしい。
ここまで書いて一週間が過ぎたけれど、いったいこの戦争はどうなっているのだろう。停戦交渉どころか、侵略してきた軍隊が、狂ったように殺人と破壊を続けている。こんなことをしてどうなるのだろう。まさに勝者の無い戦争でしかない。
そして、国際舞台でその言い訳に立つ政治家の表情が、浮ついて浮足立っているように見える。勝つ戦争をしている国の代表とはとても思えない。彼らは狂っている上に、腐って壊れているように私には思える。
まさに、国家も人間も壊れている。そんな気がする。我々が住むこの国だって、狂って壊れているということでは、もしかしたら同じかもしれない。その証拠に、このどさくさにまぎれて、とんでもないことを言い出す連中が日本にもいるみたいだ。
歴史が逆行している。私はそう思う。だから有効な言葉が出てこない。人間の善意だけが頼りなのだと思う。 ところで、この「逆行」という言葉は天文学にも出てくる。地球の外側をまわる惑星が、地球から見ると時折その動きを止めて、今までと逆の方向に動き始めることがある。「惑星」という名前はこれに由来するということだけれど、これは地球の公転がその惑星を追い越すことで生じる見かけ上の現象だということである。
今、世界ではびこる歴史の逆行は、目に見えない我々の影が、我々自身を追い越してしまったからではないか。私はそんな妄想にとらわれている。
「地球人というのは、どうも知的生命として、進化上の失敗じゃないかな」
小松左京の「空から墜ちてきた歴史」に出てくる、私の大好きな言葉である。この戦争の不可解な愚行についての、納得のできる理由が、この言葉の次に書かれている。要するに、人間を人間と思っていない。これが人間の最大の欠陥ではないのか。
それにしても、この戦争はあまりにもひどすぎる。早くやめてほしい。私にはそれしか言えない。