バブルからコロナまで

書店で五木寛之のエッセイ「他力」が山積みになっているのが気になって、数日後にその単行本を図書館から借りて再読した。著者にはあるいは失礼に当たることだったのかもしれないけれど、私は大河小説「親鸞」を文庫本ではあるけれど、全巻購入して通読したことがあるので、それで許してもらえれば、と思う。「親鸞」を読んで、私は五木寛之の魅力や凄さがよく分かった。

「他力」は一九九八年の出版となっている。でも、ここに書かれていることが二十年以上前のこととは私にはとても思えない。この時はニューヨークのテロもまだ起こっていなかった。著者は神戸の大震災と少年による猟奇殺人を踏まえてこの本を書いている。

そんな中で、我々のような無力な人間に寄り添う著者の姿勢は、今こそ我々を支えてくれると私は思う。「人生は自分で放り出すほどにはひどくない」という著者の言葉は、何か我々を鎮めてくれるような気がする。そして、みずからの作家としての名声を「虚名」と称しているのも凄いと思う。井上靖の短編に、「名声は誤解の集積だって言った人があります。」という言葉があったのを私は思い出す。そんな言葉が、今になってようやく私に響くようになった。

それでも、「他力」から二十年以上が過ぎて、ようやく時代が、世の中がひとまわりしたのだろうか。

もしかしたら、「バブルからコロナまで」なんて区切り方が可能なのかもしれない。バブルが始まる以前の世の中の気配を記憶している、最後の世代に私はいるのかもしれない。その頃の、今よりもテンポがのろかった世の中が、これから少しはもどってくるのだろうか。それが私の未来への唯一の希望である。

あの、バブルに向けて走り出した頃のせわしなさは、今にいたるまで三十年以上も続いていて、私はもうそれに疲れ果てている。コロナ騒ぎが無ければ、今年あるはずだったオリンピックを最後にして、世の中全体が坂道を下り始めて、いずれまた巨大な自然災害が起こって、そんな未来が我々を待っているのかと私は思っていた。

けれども、その前に突然コロナウイルスが現れて、世界中に急ブレーキをかけている。

このコロナウイルスにしても、もともとは野生のコウモリに寄生していたものが何かの拍子で変異して人間界に蔓延した、ということらしい。つまり、これが本当であれば、人間が増えすぎて野生生物の領域を侵犯したのがそもそもの原因ということになる。増えすぎて傲慢になった人間に対する自然からのしっぺ返しである。そして、この文明社会で人間として生きている限り、それに無関係だと言えるひとはいない。それが今の私にもよく分かる。歴史に残る感染症の発端はすべてそうだった、と私は聞いたことがある。

五木寛之の「他力」はまさにこんな世の中を生き続ける我々に不思議な力を与えてくれる。それでも、たとえ世の中全体が下り坂にさしかかろうが新たな困難に直面しようが、人類はこれまでどおり、その時々に楽しみを見つけて、笑いながらしぶとく生きてゆくのだろう。世界は今の我々が考えているよりもずっと広いし、我々の内側に広がる世界も果てしなく広大である。そのことも、もちろん五木寛之はよく知っているのだろう。

次の世紀、我々は宮崎駿の「風の谷のナウシカ」のようになっているのかもしれない。ただ、この物語は映画とマンガとではだいぶ異なる。現実は様々な位相をとり得る。そのことを宮崎駿はよく知っているように思える。でも、あの物語の中には優しさも笑いもあったことを忘れずにいようと私は思う。

次の世紀まで私がこの世にいることは無いけれど、それでも、これからやって来る未来には様々な位相があり得る。それは、ひとりひとりによってもずいぶん異なったものになるのだろう。

今よりもいくらかテンポが緩くなった世の中で、私はどんなふうに生きることができるのだろう。そんな希望があるような気がする。まずは、私の身のまわりに広がる景色をしっかり眺めることから始めたい。それはきっと広大な世界につながっている。そんな気がする。

ヨーロッパでペストが流行っていた時代、首都が封鎖されるとひとびとは田舎に帰って数年間を無為に過ごしていた、とどこかで私は聞いたことがある。天才ニュートンの青年時代がそうだったらしい。彼はその時に、後の仕事につながるたくさんの発見をなしとげたらしい。

もちろん、そんな天才の仕事に及びもつかないことだけれど、今の時代に生活のテンポを落として、これまで生きて来ても考えることが無かったことを、少しずつ考えてみるのも大切なことになるのだろうか。あまり外の世界に振り回されずに、のほほんと生きていってもいい。それが許される年齢になってきた。私はそんな気もする。

[ BACK TO HOME ]