隠れた写真家

「写真でつづる宮本常一」という写真集を 近所の図書館から借りてきて、私はここのと ころ飽きずにそれをながめている。宮本常一 という民俗学者の本を私はあまり読んだこと が無いけれど、その名前を初めて知ったのは 、つげ義春の「貧困旅行記」だったと思う。 そこでの、ほの暗い印象と「常一(つねいち )」という、民俗学の用語「常民(じょうみ ん)」を思わせる名前だけを私は忘れずにい た。名は体を表す、という名言のとおり、こ のひとはなるべくして民俗学者になったのだ ろう、と私はその経歴を知る前から勝手に思 っていた。
 筑摩書房から復刊された彼のアンソロジー を私はぱらぱら読んでいるけれど、これがし みじみと面白い。この本の解説にあるとおり 、民俗学の文章は文学者のそれに並ぶ力があ ることを納得させられる。
 「写真でつづる宮本常一」は彼の死後二十 年以上経って、つい最近まとめられた写真集 である。ここには彼と親交のあったひとから 集められた、彼自身が写されている写真が収 められている。この本を見てまず思うのは、 宮本常一というひとは本当に笑顔が絶えない ひとだったんだなあ、ということだ。ここに 収められた膨大な写真の中で、笑顔で写って いない写真を見つけるのが難しいくらいなの だ。カメラを意識している写真でもそうでな い写真でも、彼はとても素敵な笑顔で写って いる。笑顔の写真ばかりを意図的にここに集 めたのではないか、と意地悪く勘ぐってみた ところで、これだけたくさん笑顔の写真を残 せるということ自体が素敵なことだろう。
 ここでは彼の家族も同僚も教え子も、彼に 引きこまれるように素敵な笑顔を見せて、時 には真剣な表情で彼の話に聴き入っている。 こんな、ひとを引きつける魅力を持ったひと だからこそ、民俗学者として彼は大きな仕事 を残すことができたのだろう。もちろん、そ れが緻密な厳しさに支えられていることくら いは私にも想像できる。私は民俗学に関して 全くのしろうとでしかないのだけれど、ぜひ このひとと同時代を生きて、このひとの下で 働いてみたかったという気がしてくる。それ は、とても楽しくて意義深い体験に違いない と思うからだ。彼とともに写っているひとが 私はとてもうらやましい。
 このひとは明治の末に生まれて昭和の終わ りに亡くなったひとだから、日本が戦争の混 乱をはさんで豊かになっていく時代を生きた ひとだと言ってよいと思う。彼の死後、八十 年代をはさんでその風景は決定的に失われて いったと私は思うけれど、それを彼は予見し ていたのだろうか。この、失われてゆく生活 や風景は、またいつか違う形でよみがえると 彼は考えていたのだろうか。彼が生きた時代 は決して「古き良き時代」ではなかったと私 は思うので、いたずらにそれを懐かしむより も、私はそんなことを考えてみたりする。
 ところで、民俗学にとって写真は欠かすこ とのできない道具だろうと私も思うけれど、 宮本常一というひとは膨大な写真を撮り続け ていたことがこの写真集から分かる。旅姿の 彼は必ずカメラをたずさえているのだ。
 この本のコメントによると、彼は六十年代 にオリンパスのペンカメラを手に入れてから 精力的に写真を撮り始め、作品としてではな くまさにメモとして存分に撮り続けた、との ことである。カメラを購入してから七年足ら ずでその写真が三万枚にもなったというのだ から、これはもの凄いことだと思う。明確な 意図と柔軟さを持ってこれだけ撮れるひとは 写真家と呼ばれる資格があるはずだ。誰も言 わないことだけれど、このひとは写真家とし ても超一流ではないのだろうか。宮本常一が 撮った写真を集めた本も出ているようだから 、ぜひそれも見てみたいと私は思う。そんな ひとが撮った写真が面白いのは当然のことだ と思う。
 そして「写真でつづる宮本常一」をまとめ たのは須藤功氏という写真家だけれど、この ひとがあとがきに記している言葉が、写真と いうものの在り方を的確に言い当てているよ うに思えてとても味わい深い。
 宮本常一は須藤氏に対して「私が写真を通 じて私を出すことを拒んだ」とのことである 。「一枚の写真からさまざまなものを読める 写真を撮れ」とも宮本常一は言ったそうだ。 「ものはそのまま生活とおき替えてもよい」 と須藤氏は続けている。ここに集められた須 藤氏の写真は、それを見事になし遂げている 。単なる記録である以上にそれは美しい。厳 しかった時代を克明に写しているにもかかわ らず、それは懐かしさ以上にどこかしら憧れ をもかき立てられるのである。そして見てい て飽きない。
 宮本常一にせよ、須藤氏にせよ、このよう な写真を眺めていると「私」を出すことが写 真にとってそんなに大事なことなんだろうか 、という思いにとらわれる。「私」と記録の 双方を満たすのが優れた写真家の条件だ、と いう常套句も何だか軽薄に思えてくる。
 そんなことよりも、写真にとって「見てい て飽きない」ということが私にとっては何よ りも大切なことである。あからさまに「私」 を出しながら、他人が見て飽きない写真を撮 ることは天才にだけ許されることだろう。
 いずれにせよ、ちまたにあふれるつまらな い「私」写真から離れて考えてみると、それ を持ち上げ過ぎているように思える写真史と いうものがつまらなく思えてくるのは確かで ある。いったい写真史って何なんだろう、と 私は改めて考えてみる。それは美術史や科学 史を模して作られた仮説でしかないような気 がしてくる。
 写真史に登場することの無い、無名の優れ た写真家が数限りなく存在する。もしかした ら、彼らには自分が写真家である、という自 覚さえ無いのかもしれない。その仕事を発見 した評論家によってそれが意味づけられ、写 真史に織り込まれてゆく。しかし、それが無 くとも彼らの仕事は「写真でつづる宮本常一 」のような労作によって後世に広く確実に伝 えられる。写真はそれで充分ではないか、と いう思いが今の私にはある。
 実は、今や世界的な巨匠と評価されている アジェやラルティーグもそんな写真家だった のではないだろうか。この巨匠たちが残した 膨大な写真群は本当に魅力的だけれど、彼ら は写真であからさまに「私」を出そうともし ていないし、声高な「記録」を残そうともし ていない。何よりもまずしたたかに生き続け 、ひたすら写真を撮り続けたのだった。そん な生き方からあれほど美しい写真が生み出さ れ、作者の死後、多くのひとの尽力によって それが後世に広く伝えられた。そのことが私 を感動させる。


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