ポールさんとアケタの話

いろいろ書きたいことは頭の中で渦を巻い ているのだけれど、どうにもそれがうまく出 てこないので、「なんじゃもんじゃ」で書き 足りなかったことを書くという禁じ手を今月 は使うことにします。なお、文責は当然なが ら全て私にあります。

私の三大ピアニストはポール・ブレイ、ミ シェル・ペトルチアーニ、明田川荘之という ことになります。もちろんキース・ジャレッ ト、グレン・グールド、ハービー・ニコルズ 、セシル・テイラー、デニー・ザイトリン、 レニー・トリスターノ…と偏愛するピアニス トはたくさんいるけれども、この三人は別格 です。ポールさんと明田川さん(以下アケタ さんと記す)とはライヴに出掛け、お話をす る機会が持てましたし(アケタさんとは一緒 に温泉に入りました。誤解を招く表現を使え ば、裸のおつきあいです。嬉しかった。)、 ペトルチアーニにはパリでお墓参りをしてき ました。

以前、アケタさんのライヴの後の打ち上げ で一緒に呑んでいた時に、アケタさんとポー ル・ブレイの話をしたことがあります。
 「アケタとポール・ブレイが好きだと言う と、皆に笑われる。」と私が言ったら、アケ タさんは「それは皆、表面的なスタイルしか 聴いてないからでしょ。」と答えてくれまし た。私にしてみれば、アケタさんのソロの間 の取り方にポール・ブレイが聴こえることが あるし、ポールさんのソロに、時折アケタに 通じる諧謔が聴こえることがある。耽美と諧 謔という相反しながら通じているふたつの特 質を、このふたりのピアニストはしこたま抱 え込んでいるのだと思う。それがとても面白 い。
 私の偏見だけど、ポール・ブレイが大好き なのに、例えば菊地雅章が好きになれないの は、そこに諧謔(遊び、余裕?)が聴こえな いからだろうし、アケタが大好きなのに、山 下洋輔がアケタほどには好きでないのは、演 歌的な粘りのある耽美がそこから聴き取れな いからだと思う。(引き合いに出してしまっ たふたりのピアニストとファンの皆様、ごめ んなさい。)
 そして、アケタさんもポールさんのアルバ ムをずいぶん聴きこんでいたとのこと。くせ になる、と言ってました。「今、新しいって 言われてることはもうあのひとが全部やっち ゃってる。凄いひとなんよ。」というのがア ケタさんのコメントでした。私も酔っぱらっ ていたので正確には憶えていないけれど、確 かにそんな意味のことを言っていたと思う。 嬉しかった。そして、ポールさんがオーネッ ト・コールマンと共演していた五十年代後半 に、すでに七十年代半ばに吹き込むソロアル バムと同じフレーズが出てくる、というのが その時私が喋ったことです。いずれにせよ、 ポールさんのオリジナリティは六十年代後半 から、というのが評論家一般の意見だけれど 、それは間違っていると私は思う。時と共に 変わるもの、変わらないもの、それを聴きと るのも面白い。

  ふたりのピアニスト(もちろんペトルチア ーニ、あるいはニコルズにも)に共通するも の、それはピアノという楽器をこれほどまで にパーソナルなものにしてしまう不思議な魅 力だ。
 ピアニスト個人の精神、あるいは肉体の震 えがそのまま音楽になっている。これはとん でもないことだと私は思う。それによって、 ピアノという楽器の概念が他のピアニストか ら全くかけ離れたところに行ってしまってい る。比較する対象を持たない希有の音楽と言 うしかない。特にポールさんの「アローン・ アゲイン」や「フラグメンツ」(これに私は サインをもらった)や「イン・ハーレム」( この三作を挙げたらポールさんはニヤリと微 笑んだ。)、そしてアルバムは特定できない けれどアケタの諸作やライヴ、それに同時代 で出会った幸せを私は決して忘れることはな い。

ペトルチアーニの話が出てこないけれど、 それは機会をみてまたやりたい。アケタさん は「フランスの香りがして素晴らしい」とコ メントしていた。そしてアケタさんはキース ・ジャレットの初リーダー作「人生の二つの 扉」の素晴らしさを力説していたように記憶 している。ファンは何枚もアルバムを手に入 れて聴き込むけれど、プロの音楽家は一枚を 聴いて全てを理解してしまうのだなと私はそ の時思った。

アケタさんの「わっぺ」というアルバムに 、梅津和時さんに捧げた「アイ ライク ウ メさん」という曲が入っています。そこに、 「ぺっぺらぽっぱっぱー、ぺっぺらぽっぱっ ぱー」という意味不明の掛け声(?)が出て きます。私は日常、嬉しいこと、悲しいこと 、腹が立つこと、恥ずかしいことがあると、 必ずこの掛け声を唱えることにしています。 すると不思議に気持ちが落ちつきます。重度 のアケタ病(?)ですね。
 アケタさん、またライヴの写真撮らせて下 さい。アケタさんや梅津さんのライヴの写真 を撮るのが私は一番楽しい。その時私はよだ れを垂らしてうめき声をあげながらカメラを 構えています。床をころげ回ったり椅子に飛 び乗ったり、要するに発狂しているのです。 アケタさんがピアノに一撃を加える度に私は OM−4Tiのシャッターを押します。その 時、私の全身を凄まじい快感が走ります。フ ァインダーを覗く左目だけが醒めています。 あとは身体中がぶっ飛んで快楽の中をつき進 んでいます。セックスと紙一重ですね。また やりたい。
 そして、その快楽を思わせる音楽はポール ・ブレイ以外に無い。

(長野県駒ヶ根市のジャズ喫茶・ライヴハウ ス「カノヤ」に私が撮ったアケタさん梅津さ んの写真が飾ってあります。機会がありまし たらご覧下さい。九九年暮れのアケタさんの 写真はまだプリントしていないけれど、ここ に飾ってある写真よりうまく撮れていると思 う。それも早くやりたい。)



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