写真の部屋

写真の部屋というものを空想することがあ る。
 それは、一人か二人の人間が生活できるく らいの小さな部屋で、ドアと小さな窓がつい ている。そこにテーブルと椅子があるのか、 あるいはこたつと座布団があるのかはよく分 からないが、家具や内装は至ってシンプルな ものである。そして壁にはたくさんの写真が 飾ってある。その写真がそれぞれ生命を持っ て生き続けている、そんな想像上の部屋なの である。
 そこで生活しているのはもちろん私なのだ が、それが一人なのか複数なのかよく分から ない。その世界では自分と他人を分ける境界 が時にあいまいになるので、私はしばしば好 きな人と区別がつかなくなっていたりする。 単細胞生物の接合、というと気味の悪い印象 があるかもしれないので、夢の中に出てくる 「私」が自由自在に立場を変えることを思い 出してもらうとよいかもしれない。
 壁に飾ってある写真のほとんど全ては私が 撮影したものである。撮影はその部屋の中で 、窓越しに、ドアを出て旅に出て、あるいは この現実の世界にまで足をのばして、つまり あらゆる場所で行われる。そして、写真機に よって銀の粒子の集積として持ち帰ったイメ ージが部屋に生命を与えることになる。
 そこでは写真が鉢植えのように生命を持っ て息づいている。写真の中の銀の粒子は時に 渦を巻き、流れ始める。時間を飛び越えて、 その奥に潜んでいたものが姿を現す。ある時 はそれぞれの写真が窓となって、別世界の光 が部屋に差し込む。そこは光や影、あるいは 鮮やかな色彩に満ちてゆく。そんな時は、そ の部屋自身が方舟のように旅を始めるのだ。

 その部屋とこの現実を結ぶ通路は必ずある はずだし、そこへ送り届けるために、私は写 真を撮り続けているような気さえする。
 そんな部屋は他にもたくさんあるのかもし れない。私だけでなく、多くの人がそれぞれ 架空の部屋を持っていて、それらがインター ネットや脳細胞のようにリンクしあって存在 しているのかもしれない。そのひとつひとつ が、この現実とひそやかな通路を持って生き 続けている……  


阿部敏之 ABE Toshiyuki


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