ここしばらく、ナチスドイツの総統として歴史に悪名を残したアドルフ・ヒトラーの伝記を何冊か(もちろん日本語で)再読していた。これは決して愉快な読書ではないのだけれど、読み始めると止められなくなる、まさに悪魔的な力がある。
ヒトラーの著書とされる「わが闘争」の日本語訳は文庫版が出ていて、これは本国ドイツでは発禁だということだけど、こんな本が日本ではよくもまあ文庫版で流通していたものだと私は思う。以前にも書いたことがあるけれど、少年時代の私を痛めつけて(その傷跡が今でも私の手に残っている)、その後、高校受験に失敗して消えてしまった同級生がこれを愛読していた。だから、私はこんな本を手に取るつもりにはなれない。
それはともかくとして、ヒトラーの両親は彼が悪名を馳せる前に亡くなっているけれど、その結婚は、教会に請願しなければ許可が下りないような近親結婚だったことが判明している。その結果として生まれた六人の子どものうち、四人が幼くして亡くなって、もうひとり、生き残ったヒトラーの妹は老けこむのが異様に早かった、と伝えられている。
ヒトラーに子どもはいなかったけれど、母親が異なる兄がひとりいて、その子孫は今もアメリカのどこかで暮らしているらしい。私が読んだ限り、ヒトラーの血縁にはろくな人間がいない。アドルフ・ヒトラーという男は、あるいはこの一族は、いったい何者だったのだろう。
ヒトラーが生まれた直後の、彼の鮮明な誕生写真が残っているけれど、その赤ん坊のまなざしが私は忘れられない。それは無邪気というのではまったくなくて、不気味なカリスマ性と空虚さを感じさせるものである。この赤ん坊は、すでに歴史上まれにみる独裁者、アドルフ・ヒトラーその人である。
それでも、少年時代のヒトラーは決して不幸ではなかったらしい。そして、この少年は、どういうわけか画家になる意思を表明する。
青年時代に彼が描いた絵がいくつか残っているけれど、そのどれもが凡庸で取るに足らないものである。私にさえそれが分かる。それでも後年、ヒトラー青年は放浪しながら自作の絵葉書を売って生計を立てていた、というのだから、凡庸な絵描きとして生きる程度の才能はあったのだろう。
ヒトラーが画家を志望したのは結局のところ虚栄心だけだったのではないか、と私には思えてならない。第一志望の美術学校の入学試験に二度失敗した後、他の美術学校に入ることも無く、誰かに弟子入りしたり独学で絵の勉強を続けるでも無く、母親を亡くしたショックもあって、彼は家出して放浪生活を送ることになる。
それでも、そこで真剣に絵の勉強を続けていれば、ヒトラーはあんな犯罪者になることも無く、歴史に悪名を残すことも無く、凡庸な絵描きとして生きて死んで忘れられていったはずである。ヒトラーの最大の不幸は虚栄心を捨てられなかったことにあるのではないか、と私は思う。
絵描きの仕事をしながら放浪生活を送るヒトラー青年は、やがて反ユダヤの思想に毒されてゆくことになる。俺がみじめなのはユダヤのせいだ、という格好の屁理屈を彼は見つけたのだろう。
そして、これも私にはよく理解できないことなのだけれど、絵描きの仕事で充分な収入を得ていたにもかかわらず、ヒトラーは、おりしも始まった第一次世界大戦に志願兵として参戦する。昨日までの、無名であっても礼儀正しい(という証言がある)絵描きの青年が、なぜ、ある日突然、志願兵となって戦場に向かうのだろうか。この男の深層が私には理解できない。
そして、この頃から、ヒトラーのもうひとつの才能が開花し始めたようだ。戦場で勲章を受けるほどの戦功を立てた彼は、かたよった思想を主張する演説家として認められてゆくのである。
戦場から戻ったヒトラーは上官からナチ党の前身にあたる小政党の調査を命じられて、そのままその小政党に入党してしまう。ヒトラー自身も認めているように、これが、この男の人生最大の転機になった。ミイラ取りがミイラになった、ということなのだろうか。こんな不幸な転身が人生には起こり得る、ということが私にはとても恐ろしい。
その後、わずか数年でナチ党の党首となったヒトラーは武装蜂起を起こして失敗して、逮捕されて裁判にかけられるのだけれど、この頃のヒトラーのまなざしは、赤ん坊の時のそれがよみがえったような、あの、狂った独裁者ヒトラーそのものである。礼儀正しい絵描きの青年の面影はどこにも無い。そして、そこには強烈なカリスマ性がある。あの悪魔のような魅力は誰でも認めざるを得ないだろう。この、悪い意味での鮮烈な転身は、いったい何を語っているのだろうか。
敵をあざむくにはまず味方から、と言うけれど、ヒトラーに限らず、独裁者には自分で自分を催眠術にかけてだましてしまう才能があるのだろうか。それが他者にも及んで多くのひとびとを巻き添えにして、とんでもない不幸を世界中にまき散らすことになってしまった。
それでも、ヒトラーには冷静な政治家としての側面もあって、目的を達するためには豹変することもできたし、政敵と妥協することもできた。以後、ヒトラーは武力闘争ではなくて、合法的に国の独裁者に昇り詰めることになるし、ソ連のスターリンと妥協する、という信じられない手段を取ることにもなる。
そして、国内の荒廃を克服して、国家財政を再建してからヒトラーは軍備の増強に走る。工業生産も回復して失業者も激減した。それによってヒトラーは国民の圧倒的な支持を得ることになる。これは他の政治家にはできなかったことである。借金だらけなのに軍備増強に走る昨今の政治家よりもよほど合理的である。この男の深層が私には本当に分からない。
それでも、こうして自分を催眠術にかけたまま、独裁者として悪行を重ねてゆくヒトラーではあるけれど、もしかしたら、彼はそれを自覚していたのかもしれない。そんなことを思わせる写真が残っている。
ヒトラーが国の独裁者となった後、ナチ党は「退廃芸術展」という奇妙な展覧会を開いている。これは、ナチ党の党是に反するモダンアートをあざ笑うために、ピカソやクレーといった超一流の巨匠たちの作品を集めた展覧会で、そこをヒトラーが宣伝大臣ゲッベルスを伴って訪れた時の記録写真である。
ここでのヒトラーの表情も私には忘れられない。同伴したゲッベルスはへらへら笑っているけれど、巨匠たちの作品を見るヒトラーは笑っていない。それは、「俺も本当はこうなりたかった」と言っているように私には見えるのである。
ゲッベルスはたくさんの芸術家に干渉して彼らを利用しようとしたけれど、彼自身が美術家を志望したわけではなかったと思う。そこがヒトラーとの違いだろうか。ここで、今まで隠し続けてきた、そして自分を偽り続けてきたヒトラーの本音がかすかに露呈しているように私には見える。
自分に嘘をついて自分をだまし始めるとそれは誰にも止めることができない。ヒトラーの反ユダヤの思想も、単に政治家として自分がのし上がるための足がかりでしかなかったのではないか、という見解が今は有力であるらしい。それ以外に、彼が反ユダヤの思想に染まる理由が見つけられないのだそうだ。
繰り返しになるけれど、それが彼の悪魔のようなカリスマ性と結びついて暴走した結果、とんでもない不幸が世界中にまき散らされてしまった。その傷跡は今も癒えてはいないだろう。そして、ヒトラー自身、自分がひき起こした戦争に敗れて自殺する時も、この空虚な思想を捨てることができなかった。
自分に嘘をついて自分をだますというのは本当に恐ろしいことだと思う。何度でも繰り返して私はそれを言いたい。アドルフ・ヒトラーはその極端な例だと思うけれど、私はこの歳になって、自分の非力を認められないまま自分に嘘をついて自分をだまして、その結果として他者をも傷つける生き方をしなくて本当によかった、と胸をなでおろしている。
犯罪者ではないにせよ、そんなふうに思い上がって自他を傷つけ続けてきた奴を何人か、私だって知っている。その哀れな末路も私は知らないわけではない。そんな奴とはもう二度とつきあいたくない。思い出したくもない。哀れと思ってしまったら、もう対等なおつきあいはできないのである。
そうではなくて、厳しく暖かく見守ってくれるたくさんの友人知人に恵まれている私は本当に幸せだと思う。希望はそこからしか始まらない。それが今の私にはよく分かる。これを大切にして私は生きてゆきたい。